『富士酢』の生まれる蔵を訪ねて
宮津駅に降り立ってレンタカーに乗り、カーナビの案内で走ること約10分、この旅の最初の目的地である飯尾醸造さんへ。今日は蔵見学をさせていただくことになっている。
出会いは偶然から始まった。当時愛用していた京都産の違う会社のお酢がたまたまお店で品切れになっていて、代わりに手に取ったのが隣の棚にあった富士酢だった。「代わり」にもかかわらずその味との出会いは衝撃的で、以来我が家の食卓に欠かせない存在になっていった。
当初その名称とラベルの絵から静岡あたりの会社かと思い込んでいた飯尾醸造さんが、実は京都の北、若狭湾を臨む静かな半島にあることを知って興味を持ち、ウエブサイトを拝見してますますファンになり、そしていつかこの蔵をお訪ねしてみたいとずっと思っていた。
黒い格子の扉を開け、長い歴史を持つ老舗らしい雰囲気を残しながらお洒落にリノベーションされている空間に入ると、早くもお酢の香りが漂ってくる。
最初に案内していただいたのは、白い大きなタンクの並ぶ蔵。お酢の香りはますます強くなり、微かにワインのようなフルーティーな芳香も感じる。それは紅芋酢が仕込まれているタンクが放つ香りらしい。
中を覗いてみますか?といざなわれたが、急なハシゴを脚の悪い身で登るのが憚られて、残念ながら遠慮した。
案内はここで酢造りをされている若い蔵人のWさん。写真やパネルを指しながら丁寧にわかりやすく解説をしてくれる。
市場に出回る「酢」と一括りに称されるものの中にある大きな違い、お酢になるために作られる特別なお酒の話、一枚の醪の膜が広がった大きなタンクの中でどんなふうに酢が醸されていくのか、etc...
さらに奥に進んで、フネと呼ばれる大きな木の槽と重厚な金具のついた装置のある場所へ。手入れされて渋い艶を放つフネ。数段高くなった台に登って中を覗き込むと、酸味と甘みのハーモニーのようななんとも良い香りがさらに立ち上ってくる。
完成に至る工程でフネの底に酢を詰めた袋が並べられ、長く厚みのある木の重しが乗せられる。最後は数人でも一馬力にさえ満たない人の力で慎重に搾り上げてゆく。
ここが棒を差し込むところ、ここがお酢の出てくるところ、と指し示してくれる方へカメラを向けているうちに、実際にその光景が目に浮かぶような気がしてきた。
自社のお酢造りに自信と誇りを持って、ご自身の体験や蔵人さんたちのエピソードを交えつつ聞かせてくださったWさんのお話は、リアリティがあってとても楽しかった。
蔵見学の後はお店で試飲タイム。まだいただいたことのないものを選んで味あわせていただく。
うわぁ!これ美味しい、これすごくいい香り!...などとつい興奮してしまうが、歳を重ねてからとても噎せやすくなったので慎重に慎重に...。
タイミングよく次のグラスを勧めて応対して下ったKさんはとっても元気でチャーミング。まさにお酢の持つパワーを体現しているような女性だった。
素敵なのれんを背に二人でVサインをして一緒に写真に収まっていただいた。
宅配をお願いする商品を選びながら、早くも帰宅後の献立がいくつも頭に浮かんでくる。
我が家から遥か数百キロも離れた海辺の地で丁寧に作られたお酢、これからも日々の食卓で大切に使わせていただこう。